禅寺小僧

日々の記です。

水晶採集行











小学校の頃、親戚の近所で貝の化石なんかが出た。
もちろん、露頭を掘っても採集できたけれど、ちょうど
トンネルを掘ったときに出た石が大量にトンネル横にあったから
もっぱらそれを叩いて割っていた。
特に硬いのをうまく叩き割ると、ときに透明な貝殻が出てきたりした。
ふつうは白い、枯れた貝殻の化石だったから、そんなのは貴重だったな。
中学くらいから、小中学生一緒になっての地域学習に関わるようになり、
行けるところへはどこへでも行くぞと、あちこちに化石、鉱物採集に
でかけることになる。
もと中学の先生で、おじいちゃん先生にはいろんなことを教えてもらった。
いい先生に恵まれて、先生はハンターでもあったから、まったく吠えずに
番犬にはならないセッターを連れて、山も歩かせてもらった。
玉と鉄砲のほかはまったく粗末な装備で、怪我をしたら、安物そうなだけど、
大型でよく研がれた肥後守で手拭いを裂いて包帯がわりにしたりしていた。
その頃も、旧道の道を探して山に入るんだけど、わからんなあ、などと言っていた。




















島に着いて、ターミナルに立つと、8月30日で店じまいと売店
張り紙してあった。今日で店じまいなのだった。太陽によく照らされて
焼けた白髪のおっさんが、何しに来た?というので、
この島できれいな水晶がとれるらしいね。というと、
ああ、ないない。昔は採れたけどな。前にも大阪からそんなこと言うて
きた人がいたぞ。
土産モンかなんかで水晶のなんかないか?
ないない。今は誰もとってない。
と、あと数時間で店じまいするおっさんが言った。



















大きさにさえこだわらなければ、水晶は日本の全国どこででも採れる。
京都にでも沢山産地があるし、そうでなくても石英の脈さえあれば、
そこを探せば小さいのならたいがい見つかる。
ただ、この島で採れるのは、平べったい水晶が二つ繋がって、ハート型や
蝶々の羽のようになっているのが珍しい。二つに繋がった大きさは1センチ
くらいのものらしいのだけど、小さいのもまたいいではないか、という気分な
わけで、こっち方面にくるついでに仕事のほうを少し犠牲にしてでも無理して
ここまでやってきたのだ。社会的評価は低下したとしても、ココロは少年のまま。
目をキラキラ輝かせて、ウキウキ宝探しにやってきたわけですよ。
いつまでたっても、こんなときには。。



















片隅にあった記憶のカケラが何かの拍子にスパークして、
そうだ、島に行こう。と思いきめてから、かつて読んだ本のタイトルを思い出し、
京都の図書館にはなくて、よその市にあったから、その市に住む人に頼んで本を
借りてもらった。1982年の巻だった。28年前の本か。
港のターミナルでこの島の地図をください。と頼んでみたけれど、無い。と言われた。
まあいい。本土でもらってきたパンフの横に小さくのっている地図をたよりにしよう。
頼んでおいたレンタカーやさんはちゃんと港に来てくれていた。
あ、観光なんですか。軽のバンもってきたんですけど、いいですか?
いちおう新車なんですけど。ダイハツのハイジェットだった。
港から小さい峠を越えて島の反対側におりるてしばらく行くと、すぐに水晶の山の登り口の
村に着いた。
玉石の浜のあるきれいなきれいな海に面した村。
本にのっていたバス亭は無くなっていた。もうバスは通っていない。
途中、看板の文字の消えてしまったバス待合所だけが残っていた。
カンであ、この道や、とわかって、足取りも軽くドンドン登ってゆく。
あの山の稜線にまでたどり着けばそのへんが産地なんだろう。
が、村を出て、いくらも行かないうちに道に木が倒れ、さらに道は笹と草に
覆われてしまっていた。
現在、夕方5時。
夕闇が迫る、知らない土地で道のない山に軽装のまま入るわけには、いかなかった。



















海岸沿いの道まで戻ってくると、向こうから自転車に乗ったおばさんが二人やってきた。
あのーすいません、この山が昔、水晶が採れた山ですか?
そうだ。今はとれんとれん。こんな山誰もはいれやん。
冬ならまだしも夏はだめだわ。行けん、行けん。誰も行った人ないよ。
子供は水晶とかとりに行かんのん?
わたしも子供ときにはいったけどな。けど昔、いっとき有名になって、いっぱい人が
来たんよ。もうこんなに掘りまくって凸凹になって、禁止になったんよ。
たぶん子供が楽しみで取って遊んでいた水晶が、何かの拍子に有名になって、マニアの
大人が押しかけたんだろうな。そんだけ掘ったんなら、行ってももう何もないかもな。
べつに採らなくても場所を見るだけでもよかったんだけど、まああの辺やったんかいな。
というだけでひと堀もすることなく、現場に立つこともなく、帰ってきた。
夜、空を見ていると、天の川が見えて、流れ星が二つ流れた。星だけはやたらとあった。
港の中にボラの群れが入ってきて、口のあたりが光っていた。



















次の日、港のターミナルへ戻ってくると、店じまいのはずの店がまだやっていた。
張り紙には8月30日までと書いてあるけど、まあ、これも島ふうなんかいな。
おっさんは、きのうまでのはずやったんやけど、と言いながら、水晶あったか?
といった。
いや道がなくなってた。というと、
そうやろう。マムシがいるし、猪がおるしな。昔採ったんがどっかで見れんかな。
といった。
たぶん学校とかにはあるんやろうけどな。
とうとう、ひと目も見ることもなく、おっさんに、ありがとう。じゃ、また。
といって、やっぱり、手ぶらで帰ってきた。