禅寺小僧

日々の記です。

お花見









心配していたのが、現実になってしまう。
雨が降っているんだよな。
みんなで花見しようと思ってたのに。
武田百合子のエッセイに、
空から落ちてきた花びらを睨みつけている男の人がいて、
この人は花見の幹事さんなんだろうな、
サクラの花びらは一まい散ったらもうおしまい。
あとは全部散ってしまう。
あの人は散った一枚をセメダインで枝に貼り付けたい
気分だろう。って思うシーンがある。
日が決まってる花見は大丈夫かどうか、気が気でない。











朝は雨だったんで、とりあえず本堂であつまることにした。
一品持ち寄りのあつまりで、それぞれ持ってきたたのしい料理の
説明をしてもらったり、甘酒を飲んだり。
集まっている人らは庶民的なひとばっかりで、若い人も多いのだけど
みんな自由に生きているな、と思う。バブルの時代を知っている最後の
世代の同級生は、昔は高級ないいところに憧れたもんだ。
上の世代の人たちは購買力があり、購買欲もある。いつかはクラウンじゃ
ないけれど、どうせならハイエンドのいいものを求めようとする。車でも、
ステレオでも、カメラだってそうだったじゃないか。それぞれ、車好きの
世界であったり、ステレオ好きの世界があった。
「今の若い奴らの音楽はipodでイヤホンで聞くんやろ、それでは耳が育たん」
一本百万円くらいのスピーカー立てて、いいアンプとかでステレオルームを
作ったりしたのが、今はパソコンで音楽聞く時代だし、メーカーも一部のマニア
のための商品は少なく、自分のレベルにあわせて、だんだん購入価格のあがって
ゆくラインナップはなくなってしまった。
祇園にいけば高級料亭もあるのだろうけれど、会社文化に縁もなく、もういきなり
持ち寄り宴会で、バブル世代はここに来るまで20年かかったと思う。勤めていた
ころはいいところにも呼んでいただいたけれど、贅沢なことで申し訳ないけれど、
なんか、もう、飽きてしまった。
今は、
「これ誰が作ってきたん?」
とか言って、へえぇ〜とか言って食べるののほうがいい。
まわりまわって、戻ってきたような。
「今日、昼から花見しようか〜って電話まわってきたんや」
晴れた日、農作物出荷場前の広場にみんなで集まっている田舎の風景が目に浮かぶ。
回り道して、あちこち彷徨ったあげく、そんな世界に戻ってきているような。
バブル世代はここにたどり着くまで20年かかった。
若者たちと爺ちゃん婆ちゃんは、最初から楽しんでいる。


午後、天気になって、ようやく山に登ったら、
ささやかに桜が咲いて、散っておりました。






167450