禅寺小僧

日々の記です。

別の世に生まれていたら








オーステルリッツ駅から特急列車に乗り込み、南に向かう。
陶器で有名らしいリモージュという町の近くまで行くのだ。
列車の中、Dというミュージシャンと遊ぶ。彼とは2009年にはじめてパリで会った。
勘違いしていたのだけど、彼はフランス人で聞くとノルマンディの生まれらしい。
窓から海の見える家だったらしい。今はパリに住んでいる。実際はどうなのかわから
ないけれど、なんとも貧乏くさい風貌の持ち主で、頭頂部がはげていて、額にちょっと
シワがあって、両側にワカメみたいな髪をたらしている。前見たときと同じヨレヨレの
ダークグリーンの作業用みたいなコートをひっかけて、少し頭を前に出して歩く。人の
いいオッサンだ。前にセッションしたときは笛を吹いたが、この笛が見るからに安モン
で、直径1センチくらいの鉄パイプに穴があけてあって、赤いプラスチックの吹き口が
ついている。見るからに、道端の夜店で買ってきたんとちゃう?というシロモノであった。
音色はすがすがしく、清らかな風であった。そのときは日本からいっしょに横笛の方も
行ったのだけど、彼の笛は文化も伝統も何も背負ってなくて、軽々、ピーヒョロロロと
いい音色が鳴りひびいていた。










パリの町の楽しいところは、大道芸人がたくさんいることだ。
地下鉄の駅で演奏してる奴、列車内にはいってくるアコーディオン二人組み、カラオケの
テープとスピーカーを地下鉄車内にもち込み、なんかようわからんが甘ったるい歌を朗々
と歌い上げたあげく、紙コップを乗客にさしだして小銭をねだるのだけど、はっきり言って
みんな迷惑顔で、ブスッとしていた。そのうり次の列車に乗り換えるために彼は駅で降りた。
地下鉄駅の通路なんかで誰かが演奏していると、Dじゃないか?といつも顔を確かめる。
そのDが特急列車内で貧乏くさい鞄ではない袋から取り出したのは、Ipadだったんで、吃驚
した。作曲もできるから便利だよ。とかいう。メールもしてるらしい。。
Ipadで即興演奏してもらったんで、炭坑節を歌った。みんなで手拍子してくれる。
車掌さんに怒られるかな、と思ったけど大丈夫だった。
列車内から地平線に沈む太陽と、平原からあがってくる月を眺め、車内販売の少年から
いろいろ買った。
夜中に駅に着くと、雨が降っていた。










朝は晴れていた。
旅にでたら朝は散歩するのが楽しみで、新しい光景をカメラにおさめる。
写真を撮れるがうれしい。しなびた心にはいつもは飛び込んでくるものが少ない
からなかなかシャッターボタンを押せないでいるのが、歩きながらあちこち見て
まわると、ああ、いいな、と思えるものがまだある。
村には店の一軒もなかった。どの家も牧畜農家らしい。道に面したこの家がなんか
気になった。
この家に生まれていたら、どんなだったろうな。
とふと思った。











何かの偶然で、たまたま通りがかった村で、そしてたぶん一生、もう来ることはあるまい。
でもなんかこの家が気になった。
昔はこの道にもたくさんの人が行きかっていたのだろうか。いろんな人がいたにちがいない。
この村で大きくなって、村娘といっしょになって、一生働き、ご臨終を迎えていたらどんな
だったろうかなどと考えていた。












窓際の鉢植えを見て、赤いなあ、と思う。
昨日までいた首都にもそんなものはいくらでもあったけど、
街にいたときはそんなことは思わなかった。






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