禅寺小僧

日々の記です。

遊びをせんとや。

「称好、何トカ、かんトカ、・・・・・・」
初めて会う人には、必ず、中国語で話し出し、
自分は中国人留学生でアル、と言っていた頓珍漢なヤツ。
他人が寝ているときに働くのが好きで、夜の車庫で電車の
整備、暗いうちの新聞配達なんかをやっていた。冬は寒いから、
缶コーヒー代がかかる、と言った。暗いうちに白い菊があると
人の顔に見える、とか人ごみが怖いとも。傲慢と繊細を自分の中に
同居させていた。


 最後の千円をつぎ込もうとして、パチンコ屋の店員に、
「おまえ、もうヤメトケ。」と止められたぐらい弱かったはずだけど
博打好きで、博打打にありがちな、自身を持て余す、というところ
があったし、怖れていたのかもしれない。学生社会の中でも本名で
暮らすのはしんどかったのだろうか、誰もが中国名の偽名で
彼のことを呼んでいて、本名を知らなかった。


 京都に留まる者は、毎日、経を誦し、人が死んだら呼び出されて、
線香に火を点けて死に顔を拝む日々を送っている。最近、だんだん感覚
がかわってきて、個人の才能、財産、名誉など生きている間だけの、
ホンのつかの間の出来事に思えてくる。
ボケてしまえば、娑婆で獲得したものが沢山あってもしょうがない。
焼骨になればなおさらで、どんなに偉かった人にも、そうでもなかった人にも、
全く同じお経をあげるだけ。思いも、悩みも、個人の人格も、みんな
どこかに消えてしまう。ただの骨に向かい、そんなことを続けて、
眺めていると、そんなこともあるやろう、どんな死であれ、
一種の自然死なのか、と思えてくる。人の死に会うと、あの人は特別で、
自分は別だ、と思いたがるけれど、誰の身の上にも起こりうる。
ことなんではないか。


 希望と挫折、どちらもあったけれど、貴重な時間
であったのは、受容してくれる仲間がいたこと。昨日はみんな
で集まって、経をあげて、酒盛りをした。
やっぱり、トムライは一人でやるものではなくて、
アイツの為に、仲間が集まること、そのものだった。
呼びもしないのに、片手を挙げて、「やあ。」と突然やってくるアイツも
亡くなって、とうとう地球に還ったのだ、とおもいつつ、酒を飲む。
偽名でないと語れない彼自身、それを表現できた、許されたあの頃
のおかげで、人生は彩り豊かになった。仲間以外でそのことを知る者は
いるのか?

 
「アイツのおかげだわ、今日集まれたのは。」
人が死にでもしなけりゃ、会えなくなった奴らが、わめく。


酒蔵はカラになった。
これでよかった。