禅寺小僧

日々の記です。

茶香服顛末












お寺さんならいつもいいお茶召し上がってるでしょうから、違いもすぐわかられるでしょう?
いやいや、たいしたことありませんよ。とは言うもんの、出身は宇治でしてね、ええ日本一のお茶の産地の宇治です。知り合いもたくさんおりますし、子供のときから茶摘みしたり、大学、社会人なってもしばらく、季節にはテン茶工場で働いてましたよ。小学校でも水なんて飲みませんでしたなあ、学校にお茶飲み場があったから。なんせ、高級茶の日本一の産地ですのでね。(自信のないフリしてるけど、子供のときからいいお茶を飲んだ舌なのだよ。実は。。。ふふふ)いつもはお経をあげるときくらいしか法衣を着ることはないのだけれど、今日は特別、法衣を着て、略袈裟をかけている。一番になって作務着で表彰されるのも申し訳ないしね。


メンバーが集まってきた。着物を着てくると500円割引になるらしく、着物の人が多い。紺のウールの着物で旅館の若大将がやってきた。大学のとき写真をやっていたという、気持ちのいい男で、毎日板場にも立っている料理人だ。今日も忙しいんですわ。仕事がいろいろある中、わざわざ参加したのだと。着物割引500円やけど、タクシーで来たから、そのぶん吹っ飛びましたわ、ははは。なんて言ってるその横は茶色の着物を着たなかなかイケメンの男で、同じ旅館の若い板前さん。包丁の腕が冴えて、すばらしい料理らしい。腕組みして寡黙だけど満々の自信がみなぎっている。またきれいな着物を着られた女性が何人もおられる。皆それぞれお茶のお稽古をされているようで、でも今日は玉露と煎茶らしいですね、いつもは抹茶ばかりですから今日はどうなるんでしょう。とか言うたはる。とは言うもんの、お茶の味はようご存じみたいで、なんとなくそこかしこに滲み出ている。なかなかの強敵ですな。いい眼をもっている友禅の作家さんは、いつも絵を描いてなかなかいい感覚を持っている。羽織を作ったんですよ、っていうので見せてもらったら、なんと裏地が無地だった。何じゃそれ。いっつも仕事で描いてはんのにね、自分のは忘れてました、だと。大丈夫かね?


さてめいめい腕自慢が出そろいまして、始まりであります。一回目、茶葉の匂いを嗅いだだけで、煎れられたお茶の銘柄を当てる。月、花、客、とあてて、鳥と風だけ逆に入れてしまった。あわや5点満点だったが、ひとつはずしてしまった。この時点で2位。さすがご住職!なんて声もある。どんなもんだい。当然だよ。いけるいける。でも惜しかったな、次は満点狙うで。


ところが、や。2回目、3回目はボロボロ。出されたお茶は1回目飲んだのと同じで、同じように利くのだから、むしろ簡単な筈だったのにな。


戦い終わって周りを見渡せば、撃沈、轟沈してる奴多数あって、みんな口数少ない。一回目のあの真剣そのもの、神経を研ぎ澄ました集中力はどこへ行った?がっかり、という空気が漂いすぎていて、なんともなー。隣に座っていた芸大出のデザイナーは、はははこんなモンですよ、って笑ってたけど、舌に自信のあったお茶人さんらは、げっそり。声をかけるのが気の毒なくらいだった。信じられないくらいの、がっかり。


たぶん全員、自分にはわかる、って思いこみが来たときにはあった。それぞれ感性するどい人達だからね。でも味覚ってほんとうに難しいものだった。あと、記憶力の曖昧さも感じた。特に文字化できない味覚の記憶ってなかなか覚えてられないものだった。お茶の味も単純ではなくて、いろいろな要素があるから、それが混じり合った混沌をはっきり覚えているのは、なかなかたいへんなことなのだった。感じた味覚のうち、印象をちょっと文字にして書き留めとくと茶香服の助けになるのだろうけど、文字にした瞬間、記憶から捨てられてしまう味覚も膨大であろうしね。悩みますね。


順位の結果は、物腰おだやかな抹茶カフェの店長だという内面からきれいそうな女性がダントツの一位だった。さすがです。裏地が無地の新品の羽織を着てきた友禅作家もよかった。上位入賞して賞品の高級茶をもらった学生さんは、どうしよう、部屋に急須ないわ、って言うんで、急須買うたら?って言っておいた。この若者も、お茶ってたぶんいつもはペットボトルからラッパ飲みなんでしょうな、ちゃんと茶碗に入れて飲んでるんだけどな〜、完敗でした。


最後にいただいた抹茶は当てなくてよかってホッとしましたわ。







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