禅寺小僧

日々の記です。

あとは帰るだけという朝 フランスのはなし最終回
















きのうとは逆の道をゆくことにして、左に曲がった。こんなことでもなけ
れば、こんなところまで来れないし、たぶんこの先もう一生訪ねることも
ない。有棘鉄線が地道の両側に張られていて、その向こうはどちらも牧場
になっている。ところどころ家畜の餌用にするんだろう、トウモロコシが
刈ったあとがあり、うっすら小さい芽をだして麦の畝が広がっている。
ああ、帰ったら麦蒔いてみようと、思った。昔作ったことがあって、その
ときの古い種を持っているんだった。芽が出ないかもしれないけれど、あ
れを蒔いてみよう。

















道の真ん中にキノコが生えている。脇にも沢山ある。野生のマッシュルーム
じゃないのか。形はちょっとちがうけれど、手触りが似ている。半分に割っ
てみる、やっぱりそんな気がする。今年は松茸狩りにいけずじまいだった。
松茸狩りといっても松茸がとれるとはかぎらなくて、まあどちらかというと
採れないんだけど、山に入ってうろうろキョロキョロする余裕もなかって淋
しかった。それで思いがけず異国の地で、独りマッシュルームみたいなきの
こ狩りをしている。宿にもどったらこのキノコは食べれるんかどうか聞いてみよう。
















地面に落ちてしばらくたったドングリや栗が草のなかにある。フランス
の栗は大きいドングリくらいの大きさで、小さい。パリの道端や公園で、
車のオイルの20L缶をひっくり返して、たき火をし、その上で小さい栗を
焼いて売っているのを見かけたんだけれど、買いはしなかった。あの栗はち
ょうどこんな大きさだった。焼いていたのは移民の人らしかったけれど、あ
の人達はたぶん公園の栗の樹が実らせた栗を拾ってきて、焼いて売ってので
はなかったか、という気がしてきた。遠い国からやってきて、異国の首都の
公園で材料を拾っているらしかった。

















ちょうど読んでいた小説に、夜、独りでパリの市街、それもカルチェラタン
のあたりの石畳をカツカツ散歩し、道端で売っている焼き栗を買ってコート
のポケットにいれ、手を暖めながら歩く、カフェの外にある席に陣取り、
白ワインを注文して、熱い栗の皮を剥きつつ、よく冷えた白ワインを飲る
のがいい、焼き栗はパリの冬の風物詩だ、というふうに書かれていたから、
是非おなじことをしてみたいと夢想していたのだったけど、予想に反して
パリの街に焼き栗屋はそんなになく、しかも見かけたのは昼間であって、
夜には眼にしなかったから、とうとう焼き栗を剥きつつ口にワインを含む
というのは夢で終わってしまった。

















道にナデシコの仲間だろうか、大きなきれいな野花が咲いている。TOYOTAのトラックが見えたので入っていったら、積んであった麦藁は小麦の麦藁だった。道はぐるっと回って、昨日歩いていた道に出た。赤い鉢植えある窓を眺めて、この村に生まれたらどんな一生だったろうかと夢想した屋敷にまた出くわした。この屋敷を見るとなんでそんなことを想うのだろう。パリではそんなことは一度もなかった。この家でだけそんなことを考える。あの窓を開けて、道の人と話していても別に不思議でないような感じがした。


















宿にもどると、車でパンを買いに行っています、という。この村に店は一軒もないから
どこかまで買いにいってくれてるらしかった。みんなでワイワイ言いながら朝を食べ、
サイン帳に何か書けだの、記念写真だ、別れのハグだとかやっているうち、マッシュル
ームのことは聞くのを忘れてしまった。











帰り道は快晴だった。両側に並木のある、まっすぐなきれいな道を走り、高速に入って、
まっすぐ北へ何百キロか先のドゴール空港をめざす。途中、サービスエリアのカフェテリ
アで簡単な食事をした。空き瓶に入れたワインも並んでいて、これでフランスで飲むワイ
ンは最後だな、って思う。赤、白、ロゼのうちどれにしようか、なんとなくロゼにしたら
Tさんもロゼを選んだ。ちょっと甘くておいしい。これ本とにアルコール入ってるんかな、
という感じのワインだったけれど、飲んでいると知らないうちに酔っていた。フランスは
やっぱりワインが美味しい。それも瓶に入っていないハウスワインみたいなのがいい。
ワインリストなんて見る必要ないし、見てもどうせわからない。ハウスワインを持って
きてください。っていうとたいてい、ウチの店のハウスワインは最高なんだ、みたいなこと
をいう。ワインは瓶に入っていないのがいい。












とうとうパリの市街に入ってきて、イタリア広場で、フランスに残る人達と別れる。
この旅にきて、思い出深い一人になったヨシ笈田が、がんばって、と言ってくれる。
とにかく霊性を高めることですよ。そうしたら言葉なんて関係ないんだから、と。
数日の旅で出会った稀有な友人達と握手し、抱きしめ合って、互いの行く末を祝福
する。霊性を高めること、か。でも、いつも霊性が低くなりそうなことばかりして
いるからな、なんとも心配だ。


帰りの飛行機で小さい瓶に入ったワインを飲んだけど、円筒形の室内で飲んだやつは、
やっぱり、瓶に入ったワインの味だった。





















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