禅寺小僧

日々の記です。

研修会にいってきた。

このまえの「いただきます」の話は極端なものだったけれど、今後はこんなふうになっていくのでしょうかねえ。眼前の食べ物にしてそうなのだから、それが眼に見えない「御先祖さま」であったりしたら、、、その人には寺と仏教なんてのは全く意味のないものなのだろう、と思う。ま、研修会帰りだからそんなことも思うのだけど、今回のテーマ「寺院の今日的意義」。社会から何を求められているか。布教のあり方。葬儀、法要の意義について討議した。(布教のあり方というのに参加した。)立派な和尚さん方の熱心に取り組まれているそれぞれの現場での布教を聞かせていただいて大変参考になりました。ちなみにインターネットの話も出ましたが、機械に頼りすぎるのはよくない。とのことでした。確かにそうかもしれません。便利だとは思うんですけどね。ここは個人的にこじんまりとやってますけれど。インターネットを使うと誹謗中傷にさらされる、という意見もありましたけれど、インターネットのいいところはいろんな人の意見が聞ける。ということだろうと思います。研修会は和尚さん方の意見ばかりですけども、禅寺小僧ぐらいのささやかなものであっても、一般の人の意見が聞けるのは大変いいことだ。と思っています。寺院は仏教と伽藍と僧侶と檀信徒とがいっしょになって作ってゆくものだろうと思いますから。熱心な和尚さんの活動と意見だけでなく、檀信徒からの発信があってもよかった、んじゃないかと思うんです。昔、雑誌の特集で Bozu new wave てのをやったことがありましたけれど、寺に人が集まるということに何か可能性があってみんなの為になるんじゃないか。という思いがあるんですけどね。