禅寺小僧

日々の記です。

もう一つの人生

hekigyokuan2005-09-25

 歴史にも安定期と転換期があるように、一人の人間の中にもあるようで、思えば大学卒業のあたりからが転換期で、あれから順調に時間を過ごしてきた同級生たちとはどうもその辺から袂を分かったようだ。わかるというだけで取り組んでいた難解な理論をだったが、あのまままっとうにしていれば今頃はスーツを着て、ネクタイをし、靴を履いてたろうけど、今はは作務着つまり作業服を着て出かける。スーツもネクタイも持っていない。地位も身分もあっておそらくはこれからも上昇しつづけるであろうほぼ社会的成功者にかこまれた社会的不適応者といった景色になってしまった。昔は一緒に勉強した人達の現在の活躍ぶりを聞かされ、寺での所得のことなど聞かれて、「それでは生活苦しいだろう。」と言われてしまったけど、本人はそんなこと思ってもいない。生きているだけで儲けもの、だし、白い御飯とオテント様はついてまわる、どこでも生きていけるさ、と昔からそう信じてきて、今もそれは変わらない。学生の頃から能力に溢れて、廻りから一目置かれ、社会に対して学生ながら堂々とタンカもきれるような男が、期待通りに