禅寺小僧

日々の記です。

本物

hekigyokuan2005-06-17

 ニセモノだらけの時代で何か本物がわからなくなってる。話を聞けば聞くだけ、本を読めば誦むだけ、まんまと騙されるように思えてならない。世の中には「目利き」とよばれるひとたちがいてその人たちの眼には本物とニセモノがわかるようだけど、聞いてみると案外、直感が大事だみたいなことをいわれたりする。情報化が進めば進むだけニセの情報も多くなって、素人にはものの真偽がわからなくなってしまう。で、目利きにはなるのはあきらめているけれど、自分の人生にとって何が大切なのか、本物なのか、と考えてしまう。


 何を求めて生きているのか、というところにまでいくのだろうけど、何を求めているんだろうかね。イヤなものだけでないことは確かで、やっぱり気持ちいいものを求める。もちろん、苦しむことが楽しみ、快楽だ、としている人も数多くおられるわけだけど。人付き合いも生きている世界も狭く、生きている世界も狭いけれど、何を大切にしているか。なるべくイヤなことはしない。これで生きていきたい。ささやかな願いだけど。人と付き合うにしても肩書き、経歴、地位なんかに眼がくらむと本当に自分にとって大事なのか、どうかが見えなくなってしまうので一番たよりになるのは肌合いがあうか、どうかじゃないだろうか。あの人ともう一度、会った方がいいか、会わないほうがいいのか。あなたならどうして決める?その人と会った後の後味が良ければ、また会えばいいし、よくない後味だったらヤメといてもいいのじゃない?いろいろ考えあぐねたあげくにその考えを捨てちまったら、こんな選び方もあるけれど、現在までのところそう失敗してるとも思わない。一番正直でかつ情報に騙されにくいのはそんな肌合いの原始的感覚かもしれない。