墓へ
親しい知っている人ももうほとんど亡くなってしまって、
隣の家におばあさんが一人いるだけで、反対側の隣の家は
空き屋だし、静かな村になってしまった。
有料道路を走って行ったら出口からかえって遠くなったよ
うな。道を戻って国道に出たりしていると、なんだか損し
たような気分になっていた。早く行きたいのだけどな。
山あいの田んぼのせまい村についたら、もうだいぶ時間が
たっていて、蝉の鳴き声がする。墓場の入り口で水をくん
で墓石に水をかけて手をあわせる。ここに来て、手をあわ
せたかったんだ。埋め墓の土饅頭にゆき、オンジャンの墓
標に水をかけてやる。若い頃いろいろ世話になった。オン
ジャンは戦争に行って、帰ってきた。そして山奥の片田舎
で寿命を全うする、立派な一生やな。従軍して精一杯たた
かい苦しみに耐え、懸命に帰還して村を復興した人たちが
いるから現在があるのだけれど、そんなことは語られず。
いろんなご先祖さんのおかげで今の日本や日々の暮らしが
あるわけなんだけど、たしかに間違っていた戦争だったの
だろうし、たくさんの人が虚しくなったのだけど、そのお
かげ今われわれが生きているのではないのだろうか。
青春を戦いにささげ、敗れて、なお自分はやりきったとい
うのを誇りにしておったな、オンジャンは。
この小さな村でなんでこんなに沢山の人が戦死したのだろ
うか。山の上にある墓はすべて戦没者の墓で、村のサイズ
わりには多すぎるじゃないか。その列にある祖父の墓
に水をかけて手をあわせると、風が吹いてきた。顔をなで
てゆく。眼を瞑っていると、子供のころの大きな家の囲炉
裏の煙ですすけて黒い大きな梁がみえた。縁側の戸をあけ
はなして夏でも涼しいあの家の空気が、仏壇の間の鴨居に
かけられたご先祖さんの写真や絵なんか。そんな空気がひ
ろがったな。
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