禅寺小僧

日々の記です。

トムライ

hekigyokuan2005-12-01

 いまでは創建当時の建物は、表に建っている門だけなんだけど、桃山時代天正にはじまった寺に住ませていただいて、雑事をさせてもらい有難いことだと思っております。戦国大名によって建立されて、それは京都に菩提寺を持つと政治的にも有利だとう判断から建てられたのだ、ということに現代ではなっているわけですけれど、やっぱりそれだけでは無いと感じるんですよね。ここの寺は一人の殿様が、ではなくて四人程の方が集まられて建てられたのですが、その目的は戦国の世で命を落とし、この世とわかれた者たち、父母であったり、戦場で倒れた部下であったり、あるいは自分が倒した敵の一族を弔う気持ちからだと思います。4人のうち2人は女性ですので、戦の日々がもう来ませんように、という祈いと平穏な日々への感謝の念があったのではないでしょうか。この本堂が落慶したとき、皆で集まって経をあげ、それぞれが真心深く祈ったことでしょう。そこは教義云々もかくアルベシという金科玉条もない世界だったはずです。世界から見れば日本はアジアの仏教国であると認められていると思いますが、どんな神を信仰して、教義はなんですかなどと聞かれると答えられず、自分の宗教は??などと思ってしまうわけでしょうけれど、純粋で深いところにあるのは、死にゆくもの、消え去ったものへのトムライの気持ちなんではないでしょうか。そこにマッチしたのが日本の場合仏教であって、この寺も大切にされてきたのだと思います。現代は無宗教の時代で、ナニナニ教と名前のついているのものを意識的に信仰している人は少ないかもしれませんが、殺すナカレ、と叫んでも死んでゆくもの、そして自分を生かしてくれるものに、どこかトムライの気持ちがあるかもしれません。お寺に魅力が無いのだとしたら、その気持ちに応えられていないのだろうな、と思います。